記事・コラム

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中小企業の知財戦略

―果たして金型図面の流用・転用を特許で防止できるか―

最近、金型図面の流用とか転用といったことが頻繁に話題になっている。一年ほど前は金型図面の流用・転用を特許や著作権で防止できないかと言った発言が聞かれたが、流石に最近は聞かれなくなった。
しかし金型図面の流用・転用を何らかの方法で防止し、金型メーカーを特許で保護する事が可能かどうか先ず最初に特許法に準拠しながら考えて見たい。
特許法第2条によって保護される「発明」とは「自然法則を利用した」「技術的思想」の「創作のうち高度」なものでなければならないと定義されている。すなわち自然法則を利用していない技術的思想の創作によらないものは特許法によって保護されないのである。
例えば、自然法則を利用していないものとして、計算方法・ゲーム等のルールの人工的な法則 永久機関などの自然法則に反するもの、自然法則自体でその応用に言及していないものである。
また、自然法則を利用した「技術的思想」とは、個人の熟練によって得られる技能とは異なり一定の目的を再現性良く達成することのできる具体的手段と思想とを伴った伝達できる知識のことで、それに基づかない「ゴルフパターの方法」、芸術作品などのような「絵画や彫刻」や機械の操作方法を記述した「単なるマニュアル」等のごときは特許法上の「発明」には該当しない。さらに自然法則を利用した技術的思想の「創作のうち高度」なものでなければならないということであるが「創作のうち高度」なものとは、創意工夫の結果得られた難易度の高い、簡単には思い付かない発明という程度のことである。金型図面を特許で保護したいのであれば、少なくとも上記の「発明」に該当するものでなければならない。
例えば、金属部品を直角に曲げるプレス加工の場合、「断差のある外形に接近した曲げ部に対して曲げの内側と外形の直線部が接近しているときは切り欠きで逃がす」ことが金型業者の間で知られていなければ、そのように加工するプレス金型の構造や加工方法は発明の対象になる。金型の場合はこのような一寸した工夫・改良の集積であり、これと金型設計と加工の技能とが一体になったものが所謂ノウハウと称されているものである。このようなノウハウを特許出願する際に金型メーカーが困惑する特許法上の問題がある。それは特許法第36条である。36条は「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しなければならない」というものである。
この36条は、特許制度の最も根幹をなすもので、産業振興のため国民が保有する発明や、貴重なノウハウを一般に開示するその代償として一定期間発明を独占する特権を与えるという趣旨から設けられた条項だからだ。要するに特許出願する場合は、金型設計上のノウハウを開示しなければならないということである。
さらに、もう一つ費用の問題がある。日本国内に特許出願する場合、内容その他で異なるが、おおよそ平均して40~50万円、海外出願で100万円は掛かる。しかも出願しただけでは権利化されないので、権利化する中間処理費用として更に40~50万円、権利取得した後の権利維持費用として更に100万円前後(権利維持期間や特許請求項の数で異なる)掛かるので、1件の特許を日本で取得しているだけで約200万円前後を覚悟しなければならない。
更に特許を逃げられないようにするには1件だけでは不充分で、周辺特許として4~5件出願するとなると1千万円は必要となる。
しかも今問題にしているのは、アジアの国々での流用・転用の問題である。そのアジアで特許を取るには日本の略2倍掛かるから計算するまでも無く膨大な費用が掛かることになる。これだけ費用を掛けて如何ほどの効果があるのか、果たしてその費用を本当に回収出来るのか。特許を出す気になれば無限にあるが、高い出願料と維持費を出してまで特許を取る意味がどのくらいあるか問題だ。そもそも特許を取るということは、特許侵害を摘発して侵害を防止出来なければ意味が無い。それでは、市場に出回る最終製品から侵害を発見する事が出来るかというとこれが問題である。恐らく、製品から金型構造を推測は出来ても最終的には、現場に入り実際に金型を見て、さらに製品を加工する工程を査察しなければ検証する事は出来ない。しかしながら、ユーザーと金型メーカーの殆どは運命共同体的な関係にありノウハウの集中している金型は勿論のこと製造工程を第三者に見せるわけが無い。そうなると、特許侵害しているかどうかチェックするため現場にはいることは実際には不可能である。特許侵害摘発が困難な上に金まで掛けてライバルにノウハウを教えてやるなんてバカらしいと思うのは当然である。しかし、平成11年の特許法改正により「その物が特許出願前に日本国内において公然知られた物でないときは、その物と同一の物は、その方法によって生産されたものとみなす」とされ、さらに「侵害行為について立証するために必要な書類を提出させる事ができる」ようになったのでかなり特許権者に有利になってきている。では特許権者はその特許を主張して「特許に抵触する仕事」を占有することができるだろうか、それは否であろう。金型メーカーは自立的な経営即ち生産計画を立てることが難しい。それは、新製品を開発・生産するとき、またはモデルチェンジのときに金型の発注が行われ、その発注先および発注時期は全てユーザーによって決められ金型メーカーは完全に受身で弱い立場にあるからである。ユーザーから信頼を得ることは金型メーカーにとって最重要なことであり、信頼関係にあればこそ新製品導入時の秘密を要する仕事や、急ぎの仕事など無理を聞いてもらえるからと依頼されるメリットがある。ユーザーと金型メーカーとは縦社会で殆ど固定化されている。ユーザーと金型メーカーとがそのような関係にあるとき、金型メーカーが特許権を振り回して果たしてどれほどの効果があるだろうか。以上の理由から金型図面の流用・転用を特許で保護するのは殆ど難しいというのが結論である。特許がダメなら次に、所謂トレードシークレットで保護ができないか考えて見たい。

―トレードシークレットで保護出来るか―

最近、中小企業庁がトレードシークレットの標準契約書やトレードシークレットに適合するための条件などをインターネットで懇切丁寧に解説し公開している。誰でも簡単に知ることができ大変に有り難い話である。
が・・・・しかしである。いくら完璧な契約書があっても、ユーザーが金型メーカーと契約してくれなければ絵に描いた餅となる。やはりユーザーと金型メーカーとの力関係が改善されなければトレードシークレットを用いての金型図面の流用・転用を防止することはできないのではないか。ユーザーと金型メーカーとの力関係を改善するには、熟練技能によってしかできない極めて高精度な金型か、微妙な調整を行なう必要のある金型か、機械によって容易に代替することが出来ない金型などに専業化し、それらの技術・技能の蓄積によって、ユーザーのニーズに合った製品設計や製造工程に改善提案をする事が出来るそんな金型メーカーになることではないだろうか。そのような企業になると、金型メーカーの立場が強くなり、仕事も集中してくることになりトレードシークレット契約を締結することも可能となる。そうなると特許を取得して活用することもできるようになる。約20年前にアメリカで起こったプロパテント政策の動きが今や日本でも始まっており、金型メーカーに限らずこれからの中小メーカーは特許武装なくして生き残ることは出来なくなる。
プロパテント政策とは特許優遇政策ということで特許権が強くなると言う事であるから、もし特許侵害事件が起こった場合、特許権者側に軍配があがる確率が高くなることを意味し、特許権者側が有利になるのである。我が国でもプロパテント化に向けて平成十年に特許法を改正し、特許侵害の損害の額を決める根拠となる条項を追加して(特許法102条第1項)侵害者が実際に利益を得たか否かは問題とせず、侵害者が侵害品を売った場合、侵害者が「譲渡した物の数量」に、もし侵害行為がなければ得べかりし「当該物の単位当たり利益の額」を乗じた金額を「特許権者が受けた損害の額」とされることになった。しかし、改正前では「特許権者の損害の額」は、「侵害者が侵害行為によって得られた利益」をもって「損害額」とされていたから、もし侵害者が特許権者潰しの目的でダンピングして侵害品を売り出し「侵害者が侵害行為によって得られた利益」がゼロであったら「侵害者から直接蒙る損害」は無いとされ権利者は損をするばかりであった。

―日本もプロパテント時代に突入―

特許裁判となると時間が掛かる、その原因は裁判官に技術系出身者が非常に少ない事にある。米国では1982年に知財専門の連邦巡回区控訴裁判所を創設している。日本でも漸く知的財産戦略大綱を決定し世界トップクラスの知財立国を目指す青写真ができ、2004年4月に技術紛争に強い弁護士を育成する法科大学院の開設が決定された。そこで、企業特に中小のメーカー(大企業は既に準備はできている)はプロパテントに向けて迎え撃つ準備をする必要がある。中小企業には素晴らしく特異な技術はあるが「人がいない、金がない」が特徴である。ところがプロパテントの対応には、「人が要る金が掛かる」というのであるから日本の中小企業はとてもじゃないがお手上げである。しかし、一旦アメリカから特許侵害で訴えられると弁護士費用だけでも平均年間1億5千万円かかり、3年間も長引くと弁護士費用だけで4億5千万円掛かり会社が吹っ飛んでしまう。それでもなお特許対策を下請けでない限り中小企業は自前でしなければ今後存立し得ないことになるのである。

―中小企業における特許体制・特許対策はいかにすべきか―

先ず「知財規定」を社内に設定するべきである。お金を掛けないで直ぐに手っ取り早く出来る「知財規定」から手掛けると良い。
「知財規定」は社員に発明の意欲を持たせ社員の能力を最大限に引き出す効果がある。しかし「知財規定」はその企業の規模、文化、伝統を反映した独自なものでなければ実際に運用は難しく結局飾り物になってしまうのがオチである。「知財規定」のなかでも特に「職務発明の報償規定」は中村修二氏の青色LED、日立、味の素、オリンパスなどの訴訟以来各社非常に神経を使う規定である。日亜化学の場合「社員の職務発明は会社に譲渡する」旨の明確な社内規定がなかったことが原因となったようだ。特に中小規模の企業の場合、報償金額を高くすれば良いというものではない。職場は本人の意思より会社都合で決められる場合が殆どで、社員には多かれ少なかれ不満があるところに、たまたま発明が生まれ易い環境に配属された者が発明をなし、それにより膨大な報償金を貰う者がいると羨望と妬みで、不満の空気が社内に蔓延し会社全体ガタガタになる恐れがある。これは少ない社員の企業にとっては命取りになりかねない。このように「知財規定」作りには金は掛からないが相当な配慮を配らなければならない。

―中小企業における特許体制・特許対策はいかにすべきか―

先ず「知財規定」を社内に設定するべきである。お金を掛けないで直ぐに手っ取り早く出来る「知財規定」から手掛けると良い。
「知財規定」は社員に発明の意欲を持たせ社員の能力を最大限に引き出す効果がある。しかし「知財規定」はその企業の規模、文化、伝統を反映した独自なものでなければ実際に運用は難しく結局飾り物になってしまうのがオチである。「知財規定」のなかでも特に「職務発明の報償規定」は中村修二氏の青色LED、日立、味の素、オリンパスなどの訴訟以来各社非常に神経を使う規定である。日亜化学の場合「社員の職務発明は会社に譲渡する」旨の明確な社内規定がなかったことが原因となったようだ。特に中小規模の企業の場合、報償金額を高くすれば良いというものではない。職場は本人の意思より会社都合で決められる場合が殆どで、社員には多かれ少なかれ不満があるところに、たまたま発明が生まれ易い環境に配属された者が発明をなし、それにより膨大な報償金を貰う者がいると羨望と妬みで、不満の空気が社内に蔓延し会社全体ガタガタになる恐れがある。これは少ない社員の企業にとっては命取りになりかねない。このように「知財規定」作りには金は掛からないが相当な配慮を配らなければならない。

―社内に特許の達人を育てようー

今特許が大事だと言われているにも係らず如何に特許に無知な経営者が多いことか。1,000人以下の規模程度の経営者であれば直接経営に関係する特許条項ぐらいは理解して置くべきである。直接関係する条項はたかだか30~40条くらいであるから1日あればマスターできる。更に将来の幹部候補の社員を先ず「特許の達人」に育て上げるべきである。この達人には発明発掘、発明評価、特許調査、特許明細書の作成、特許出願、特許評価、特許権の年金管理等の一連の特許業務並びにライセンス業務を習得させてから、この社員を中心に知財グループを立ち上げ他の社員にも徐々に特許の輪を広げるべきである。

―リエゾンマン制度による特許強化―

次に職場と知財グループとを繋ぐリエゾンマン制度を創設すべきである。このリエゾンマンには各自の職場から発明を発掘したり、発明の調査のアドバイスなど一寸した相談に乗れるプチ知財の役割を果たすことが求められる。職場の身近なところにリエゾンマンが居ると埋もれていた発明の芽をいち早く見つけ発明を早期に出願する事ができる。

―発明の評価体制を確立しよう―

リエゾンマンにより新規の発明がドンドン発掘されたら、発明の評価をしてその重要度に合わせた出願の仕方にするべきである。要するに会社にとって非常に重要な発明は特許事務所に依頼し、一応出願しておこう程度の発明には余り費用を掛けるべきで無く、自社で電子出願すべきである。社員の労力、時間を別にして費用だけで比較すると10~15分の一で済むので大変な経費節減となる。その発明の評価は企業への貢献度、技術的評価、特許権としての評価等を夫々採点して決められる。(株)アイアール矢間社長の表現を借りれば将に「特許にも棚卸が必要だ」ということである。この「特許の棚卸」は特許審査請求、特許登録査定、特許登録料納入のその時その都度「評価」をして必要性のないものは放棄するなど適宜行なわれなければならない。

―全社員を特許戦士に!―

究極の目標は社員が行った発明はその社員が自ら特許明細書を書くような制度にすることである。既に特許先進の某社では発明者に明細書を書かせて大変効果を挙げている。特に最近のように技術分野が多岐に亘り、しかも非常に専門化された最先端分野の発明では、特許事務所の弁理士もお手上げである。その発明の研究・開発員、設計者らは、その発明の必要性や具体的な内容を最も良く知っているから、彼らにしてみれば発明の技術的説明を書くことはいとも易い事である。したがって強力な特許権を取りたいと思うならば特許事務所に出すにしても発明者がきちんと原稿を書く必要がある。このように発明者がしっかりした原稿を書けば自社出願も簡単に出来るわけだ。しかし発明者に特許の原稿を書かせるのはかなり抵抗がある。特許原稿を書くのは業務の一部と見なされ何十頁書いても1件の出願報償として5,000円から1万円しか支払らわれていないのが現状である。しかし自宅で書くことを条件に原稿料として1頁当たり数千円を支払えば、社員の生活の足しになると同時に社員に力が付き一石二鳥の方策ではないか。そんな工夫をして抵抗を乗り越えると計り知れないメリットがある。1つには、技術系の人間は一般に書くこと不得手であるが、書くことに慣れてくる。2つ目に他人の特許を読み理解する能力も高まる。3つ目は、調査中に他人の発明から異縁連想(Bisociation)即ち無関係な意味・観念の連想を受けて、自分の暖めていたアイデアから新たな発明が忽然と生まれる可能性がある。4つ目は、若し調査の結果自分の発明に近い発明が見つかった場合、研究・開発者はそれ以上のものにしようと努力する。このようなプロセスを繰り返すことにより質の高い、良い発明が生まれるのである。

―社内に知財部門がナゼ必要か?―

上記のプロセスを社内に普及させ定着させるためには特許の達人とこれを支えるリエゾンマンが居なければできない。
社内の知財部門の役割を特許事務所に頼めるか?特許事務所も長年すると新規出願に加えて中間処理業務(既に出願したものの特許庁に対する期限付き回答業務)が重さなり、多い時は一人当たり1日に5~6件も処理しなければならない。最近は特許事務所も仕事の効率を挙げようとする傾向にあり、短期間にできるだけ多くの出願をしなければ経営が立ち行かないときに、自分の首を締めるようなことに協力してくれるだろうか。
結局自分のことは自分でやるしかないのである。

―他人の特許、ノウハウをもっと利用しよう―

他社の特許、特にノウハウ付きで契約すると研究費、開発費の節約になるばかりでなく、めまぐるしく変わる時代に時間短縮できることは大変大きな意味がある。銀行から融資を受けて利子を払うと思えば良いのである。

―特許事務所選び―

特許事務所にも得意とする技術分野がある。特許事務所なら何処でも良いという訳にはいかない。可能な限りその発明分野を得意とする特許事務所に頼むのが良い。ではどうやってそんな特許事務所を見付けるのか?それは特許調査して見つかる関連発明の公報の中から良く書けている公報の代理人を探せば良いのである。弁理士の大量生産時代になるとなおのこと優秀な弁理士を見付けることが肝要となる。もう1つ、今は事故、病気、倒産など何があってもおかしくない時代であるから、複数の人員がいる事務所に依頼するべきだろう。

― 最 後 に ― 

これからは特許武装した会社しか生き残れない。それも人真似の特許戦略ではダメで、自分の会社の規模、伝統、会社理念それらを充分に配慮した独自の特許戦略で行かなければならない。特許問題はメーカーである限りは避けては通れない問題である。どうせ避けられないのなら積極的に取り込み、逆に武器にする方が利巧ではないだろうか。

終わり

(有)テクノカルチャー 特許/経営コンサルタント 代表 松田昌幸
(2003.7/20)

素形材 に掲載
Vol.44 NO.9
(財)素形材センター